東京高等裁判所 昭和38年(ネ)200号・昭38年(ネ)35号・昭38年(ネ)212号・昭38年(ネ)140号 判決
控訴人川田が、控訴人葛西に対し、昭和二四年一一月一六日(本件建物)を売却し、遅くも昭和二五年一月一日から本件土地のうち右家屋の敷地たる二八坪四合二勺を転貸したことは、当事者間に争がなく、(証拠)によると、川田美恵子は、控訴人葛西の要請により右転貸につき予め被控訴人の承諾を求めるため、控訴人川田の代理人として、控訴人葛西の母葛西サイと同道し、昭和二四年九月頃被控訴人方を訪ね、その妻黒柳光江に対し、同年四月出生の長男は、当時敗血性に罹り入院中であり、また夫たる控訴人川田は肺浸潤を病み、十分の活動ができず、医療費等の出費を賄うため、右家屋を控訴人葛西に売却することの余儀ない事情を訴え、右二八坪四合二勺を転貸するについての承諾を求めたところ、黒柳光江は、右両名に対し、諾否いずれとも受取られるような「あゝそうですか。」と返事したのみで、不承諾の意思を窺わせるような言動は、何ら見られなかつたことが認められ、又、(証拠)によると、昭和二五年四月一六日借地人数名が賃貸人たる被控訴人との間の従来の険悪な関係を打開するため被控訴人方を訪ね、賃料の問題に関し、双方意見を開陳し、同家を辞去しようとした際、黒柳光江は、ひとり控訴人葛西を引止め、懇談的に、右家屋買受代金の額を尋ね、同控訴人が金九万円で買つたと話すや、「川田さんはずいぶん腕がいい人ネ。」と言つたのみで、転貸については何ら異議を述べず、同控訴人が右家屋に居住することを認める態度で対話したこと及び以後昭和三十四年八月三十一日本件が提起せられるまで、同控訴人の本件土地の使用に対し一言も文句を云つた形跡の存しないことが認められ、原審及び当審証人黒柳光江の証言(原審は第一、二回)中右認定に反する部分は措信しない。右認定の事実によると、黒柳光江は、川田美恵子から一家の窮状を聞き、右二八坪四合二勺の転貸につき暗黙の承諾を与えたものと認むべきであり、従つて、無断転貸を原因とする解除の主張も失当である。
(仁分 池田 小山)